2012年1月18日 (水)

三船敏郎のMG

昨年の10月に書いたブログ< 森繁久弥のライレー >を読んだ旧知の自動車仲間 Kaさんから電話が入った。 ( こーゆう話 面白ろいよナー、 いい歳してミーハーぽいけど こーゆう話 好きでサ )と一杯かげんで褒めてくれる。 ( 俺、 大森の生まれ育ちだから よく大森山王で有名人の車を見たよ 昔、山王にはいろんな有名人がいてさ ・・・ そんなことより、だいぶ前に三船敏郎のMGの話してたじゃネェ  あれ、面白かったから次に書けヨ )と勧めてくれた。 ハハッすっかり その気になって書くことにした。 

Mg_mifune

1961年 用心棒の撮影現場に三船敏郎のMGで来た黒澤明 と 仲代達也 面白いのは、取巻く大部屋俳優の表情にそれぞれの気持ちがよく表れている。       ( 黒澤 明 資料・記録集 黒澤 明研究会編 共同通信社  )より         

大学3年の頃、世田谷 成城のスーパー丸正の八百屋で半年ほどバイトをしたことがある。                昼休みに住宅建築が好きな私は住宅ウオッチングするには打ってつけの高級住宅街 成城 の町を毎日ぶらぶらしていた。 そんな或る日、甲州街道 仙川に向かうバス通りで キヌタ文庫 という小さな古書店を見つけ何気に入ってみるとカーグラフィックのバックナンバーを揃えている最中の私は驚いた。 古い自動車雑誌が充実している。 しかも、コンディションが良くて安い! 神田あたりの店の半値以下だッ。 なぜかチョット慌てたのを憶えている。 それからというもの、バイトのある日はキヌタ文庫通いだ。 私の60年代カーグラフィック・カーマガジン( ベースボールマガジン社の )・60年代モーターマガジンはここで揃えたものが結講ある。           確か初夏の頃だった思う。例によってキヌタ文庫でチェックを済ませたあと少し住宅ウオッチングをしようとキヌタ文庫の脇の道から住宅街に入ってわりとスグのところで我が目を疑がう光景に出くわした。          白い洋館の西洋芝の広い庭の中央にアイボリーのピカピカなMGがある。 そのまるでヨーロッパのような光景にホントに釘づけになった。 その頃、既にMGの知識はそれなりにあったので、それがMG‐TDであることはスグに分かった。 長い時間 鉄柵を掴んで唸るように見ていたと思う。 すこし落着いてみると、この家の前は2-3度通っているところだった。 MGを庭に出しているのも虫干しをしている様子で、庭の隅にある車庫の扉は左右に開いていて、TDの左右のドアも開かれている。トノカヴァも着けて無かったように思うが。 ゆうに15分くらいは いたと思う。 それでもまだ 相当 なごりおしかったがバイトの昼休みの時間もあるので帰ろうと、その家の玄関前まで来て何気に表札を見ると、さらに驚きまくった。 それは 三船 とある。 頭に電気が走ったかのようにスグに分かった。ここは 三船敏郎 の家だッ と。  その少し前のカーグラフィックのMG特集号の中に出てくるアイボリーTDのオーナーは三船敏郎氏と紹介されていた。 更に、その前のカーグラにもイベントのページなどでMGカークラブ( ジャパンセンター )の三船敏郎氏のMGと写真入りで載っていたので、三船敏郎がTDを持っていて、クラブメンバーであることを知っていたからだ。 しかも、ここは東宝撮影所のある成城だ。 この出来事はいろいろな意味で強烈な影響を私に与えてくれたように思う。 大興奮でバイトをすませ、夕方 飛んで行ってみたが既にMGはしまわれて車庫の扉も閉まっていた。 その後、かなりの回数 見に行ったが、遂にMGを再び見れることはなかった。 

 それから20年近い月日が流れた。その間に私は 黒澤映画の熱烈なるファンになっており、そして全盛期の黒澤傑作映画 の大要因である三船敏郎のやはり熱烈なファンでもあった。  尚且つ、MGカークラブジャパンセンターのメンバーにもなっていた。                                                        そんな1993年、三船氏は勲三等瑞宝章を受勲された。そこで MGカークラブでメンバーの三船さんの受勲を祝おうと、六本木の国際文化会館でMGクラブらしい質実な好いパーテーを催うした。                 当日は朝から仕事も手につかない。 早めに会場に着くと、既に気の早いメンバーが着いており嬉々として談笑している。 パ-テーは定刻どうり 浅岡重輝氏の司会で始まった。    さあて いよいよ三船敏郎を拝めるのかと気がはやった。                                                       三船氏は俳優をしていた息子氏に付き添われるように現れた。当時70歳を越えていたと思うが、体調を壊されたようで思いのほか細く 菊千代 や椿三十郎 の面影は消え失せていた。( ・・・しようがネェーよな三船敏郎だって人間ダッ )と思いながら クソーッ ! となんとなく納得がいかなかった。                           祝いの会なのにニコリともしない、その表情からあまり来たくなかった感が読みとれた。 浅岡さんが受勲のお祝いを述べられてから、三船氏に( クラブのメンバーに喜びの一言をお願いします )と向けた。 2-3秒ほど間があってから例の野太くぶっきら棒な声でボソッと小さく  ( いいよ・・・ ) とキタ 。  私は オッ!!と思った。  まさかの言葉に慌てた浅岡さんは少し間が空き ( そう仰らずに、こうして皆がお祝いに駆けつけたのですから )と再度促すと、今度は間髪入れずに            ( だから いいってッ !) と野太く ブン投げるように言い放った。 私はオオッ!!!となった。 これって 菊千代 三十郎 そのものじゃネェーか。               ウホホッ 来て良かった~! とおもわぬ大きな収穫に密かに大喜びしているうちに三船さんは体調を理由にサツサと帰ってしまった。 会は白け気味になり三々五々のお開きとなりました。 しかし、私は3人と居酒屋に席を移し,ときおり (  だから いいってッ! ) とまねをしながら 菊千代  三十郎 に安酒で祝杯を上げる 好い宴を改めて催したのです。 

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2012年1月15日 (日)

青太竹爆ぜる ( 3 )

今日は小正月 恒例の町内会主催のどんと焼きです。                                           町内会長さんの新年のご挨拶が済むと、4mほどの青太竹で組まれたやぐらに火を入れるといっせいに門松やお飾りが燃え上がります。 暫くして青太竹に火が入ると楽しいほどスッーパアァァァン!!!と爆ぜる轟音が響き渡ります。

Img_4982_1その度にキャアーキャァーと大人達も子供達も景気づけの歓声を上げます。 どんと焼きという風習は田舎の行事なので、チョット前まで片田舎だった ここ横浜都筑でも地元の方々が手際よく下拵えをしてくれています。 東京から越してくる人がかなり多いところです。ですから、純東京の方がたは見たのは初めてという人も多く、振舞いのお酒を飲みながら興味深く楽しんでいます。 火が収まりおき火になったところで、長い木の枝に餅をさして焼くのです。 どんと焼きの火で焼いた餅を食べると、その年は無病息災である という縁起の好い 景気の良い小正月の楽しみな行事です。 

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2012年1月 5日 (木)

駅伝三昧

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今年の我社の年賀状です。モーガンとシトロエン2cvを毎年交互に作っています。( 或いは、英国かフランスのテーマで  ) 今年は2cvの年でした。                                          でも、年々年賀状を もらう数が減っています。 クリスマスの頃、本局に年賀状を投函しに行ったら局員が残っている年賀状の販売にかなり 声高の営業でした。 買うのをゆっくりしていて、欲しい枚数が一軒では足りず郵便局を2-3軒ハシゴして揃えた なんてのが、僅かつい何年か前のような気がスルのですが。                 暮れの忙しい合間をぬって年賀状を作成し切手を貼ってポストに投函スルなんて手間隙のかかる面倒くさい作業は21世紀の今時には端折ってしまいたいものなのかも知れませんが、そうして一つずつ生活の情緒 潤いが何時のまにか減っていってしまうのですね。( 時代のながれで仕方のないことですよ ) とかたづけてしまえば簡単ですけどね。 はたして そうかナァーと考えてしまいます。             

このところ、正月といえば TVで駅伝を観ています。 以前は横浜駅近くのコースに出向き新聞社の小旗をもらって応援をして、急いで家に戻り続きをTVで見るなんてことをカミさんとやっていました。が,今はレース前から炬燵の上にお酒とお節料理を用意しての観戦です。                                         今年もそうでした。元日は群馬のニューイヤー駅伝。 2日は今年で88年の伝統を誇る箱根駅伝の往路レース 3日目はその復路レースと毎日 駅伝三昧です。    大概、レースは午前8時頃スタートして( 箱根駅伝の場合 )120kmのゴールは午後の1時スギです。 ですから、そのころには実に好い具合に出来上がっています。 昼間の酒は効きます。 ハハッ まったく A Happy New Year ! の三が日です。  

 

 

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2011年12月18日 (日)

町の灯り

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12月も中盤を過ぎて、いよいよ今年もあと2週間で年が明ける。                             不景気に加えて、3月に1000年に一度とかいう超ど級の大震災と気の休む暇のない年だった。本格的な寒さは復興の最中の東北にも遠慮なくやってくる。 私を含め多くの人はニュースや新聞でその様子を垣間見て気を揉むが皆 自分のことで精一杯だ。 だから、12月に入っても どの町も夜は暗く、いつもの12月だったら必ずイルミネーションの飾りつけをスル家も今年はほとんどが せめてもの気持ちで自重している。 欧米の町はオレンジ色の街路灯と家々の白熱灯のオレンジ色の明かりが窓を通して街路にこぼれ夜の町を包むように明るくスル。                    だけど、我が日本の住宅はほとんどが雨戸か最近のはシャッター製でパッシャーンと閉めてしまうので夜の住宅街は暗く、加え街路灯は蛍光灯で寒々とした青白い灯りがポッーンと灯っていて木枯らしも余計に身に沁みる。                                                               こんな時こそ、へんな自重などしないでクリスマスのイルミネーションを灯けて町を明るくすれば少しは気持ちも暖かくなって良いことだと私は思うんだけど ネ。            いずれにしても来年も、頑張れ東北!頑張れ日本! ダッ!!!     

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2011年10月 4日 (火)

森繁久弥のライレー

Img_4583_1 先週のある朝、事務所でTBSラジオを点けると 名優 森繁久弥の次男の方が出演されていた。           途中からだったが、なかなか面白く仕事を中断して聴き入ってしまった。  機械が相当好きだったらしく ハーレーダビットソンにサイドカーをつけたりして楽しんでいたらしい。そんな話を聴いていたら 氏の英国車ライレーのことを思い出した。         まだ学校を出たての昔々34-5年位前のこと、世田谷の経堂に住んでいる友人を訪ねた帰り道でのことです。  その時、私はヤマハのトレールバイク AT1でだった 確か。 経堂の裏手から千歳船橋を抜けて環状8号に出ようと考えていた。 今じゃ考えられないが当時、千歳船橋の裏手は畑が多く( 赤堤にチャントした牧場があったくらいだ。 まだ あるのかネ ? )そこをAT1で呑気に走っていると、ハッとしたものが横目に映った。 慌てて止まってバックすると開け放してある門扉の奥に大オーラーを発してるクラシィクカ-がある。バイクを端によせて暫く見入っていたが、遂に我慢出来ず門扉が開いていたことを良いことに恐る恐る車のそばまで入ってしまった。  ラジエターグリルにあるエンブレムを見るとRileyとある。 ( ・・・これがライレーかぁ~ )と驚き呟いた。   私、自慢じゃないが、中学高校のころから年齢にして充分以上なMG・モーガンの知識を持っていた。  高一の1970年に買った モーターワールドなんて結構マニアックな雑誌のモーガン+4特集の中に書いてある ( 英国のモーガン愛好家は冬でも幌は上げずにコートの襟を立てて鼻を真っ赤にしながら乗っている。 そういった心構えで乗るスポーツマンの自動車だ ) なんて箇所を どのていど解っているのか生意気にもアンダーラインなんかしてある。 それくらいだから、22-3歳のその時 ライレーの名前くらいは英国スポーツカーとして知っていた。 初めて見るライレーに夢中で四方をぐるぐると廻っていたのだろう。 ( その自動車カッコイイよネ~ ) と突然 背後から確かそんなような声がして、瞬間 我にかえり振り返ると30くらいの女性がニコニコと笑っている。 慌てて( スミマセン 自動車好きなものですから つい勝手に入ってしまって )と謝ると そんなこと聞えてないかのように( ここのご主人自動車やオートバイがすきで、あんな大きな車庫があるのよ ) といままで気にも留めていなかったのだが、ライレーの後ろに5-6台は入るガレージがある。 このガレージ 木の枠のガラス戸が横に並び閉開はガラガラとスライド方式で昔の田舎商店のようだったと思い出すが、その中にあった車やオートバイを全く憶えていない。                                                   憶えているのは、そのライレーだけで だけど 憶えていると言っても4ドアのスポーツサルーンということと、鮮やかなブルーとライトクリームの2トーンボデーの色だけだ。 ブルーは多分例のライレーブルーじゃなかったかと推測する。 4気筒サイズか6気筒サイズか 年代も戦前型か戦後型か、今の私のライレーの知識で推測しても全く分からない。でもそれは素晴らしい一級コンディションだったのは確かだった。          < 中学生の時、どこそこでMGのTDをみて・・・ なんてことを言う人がいるが、それは単なる思い込みかテキトウな話で そんなの解るわけがない >                                             相変わらずニコニコしている女性に も一度 謝ってから、AT1のエンジンをかけ フト 門柱にある大きな表札を見ると 森繁 とある。 ( 森繁って ? あの森繁久弥 か? ) よっぽどニコニコ女性に聞こうと思ったが、まさかネェという気持ちもあってか 結論聞かなかった。                                       以来、あれは森繁久弥のライレーだったのかナァー と長い間、何かの折にふれては思い出していた。     それから、幾年月 先週の朝 森繁久弥氏の次男の方の話を聴いていて、 ハハッ と膝を強く叩いた。 次男氏は ( 親父は機械物が大好きでオートバイも自動車もいろいろ持っていて、千歳船橋の家のガレージも大きかった。) そう懐かしむように話していたからだ。 クソッーやっぱりそうだったカァー と30年来のなにかが一つ喉もとを通ったようなそんな気がした。

Img_4591_1           Riley Brooklands Nine ex-factory Racing                               素晴らしき有名なるライレーKV5392ワークスレースカー森繁久弥のライレーはこのライレーブルーだったような気がするが

(  追記  2011/10/16  )                                                         昨日、自動車仲間のAさんから電話が入った。( 森繁久弥のライレー のブログみたよ。 今、そのライレー埼玉の自動車屋さんのコレクションミュージアムで展示してあるみたいだゼッ )と言う。更に( 車種はライレーモナコで、色は全然違う マルーンとブラックだよ。だけど6年くらい前に塗り直したと書いてあるから、塗り直す前の色だったのかねェ ライレーで検索してみてみなヨ ) と教えてくれた。                       スグに見てみると なるほど ライレーモナコで、色は私の記憶とまるで違う D,レッドのマルーンとブラックだ。 人間の記憶なんてこんなものヨ なんて思いながら、そうは言っても、なんとなく腑に落ちなかった。 友人の言うとうり6年前に塗り直したとあるから、その時、現在の色に変えてしまった可能性は大きくある。        もう一つは、私 英国のライレークラブに暫く入会していて、かなりのライレーを見た。                 だから、記憶がいろいろと混ぜこぜになってしまったのかもしれない。 マッ いずれにしても車種が判明し、今だ森繁家の所有というなんとなく喜ばしき現状が分かっただけでもブログに書いた甲斐があったというものだ。                        

 

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2011年9月13日 (火)

The+8 プラス8 考

Plus8 1985年前後のPlus8 英国モーガンクラブのヒルクライムミィーテング  

   今回は2気筒・4気筒派の私にしては珍しく< Plus8を考える > というやつであります。 近く、Plus8をレストアする計画があるものですから。                                     Plus8を初めて運転したのは、若干25-6歳 1980年型 5スピードの新車だった。 無論、仕事でである。 この時、初めてV8パワーそして、その ぶ厚いトルク感を知ったのであるが、 単純に  ( スゲェーな!! これッ ) というやつだった。 900kgボデーに3500V8だ。 どこから踏んだって、とたんの加速だッ。踏み方によっちゃ簡単に首がのけ反る という4/4とは全く違う代物だった。 プライベートではボロの 1963年MGミィジェットMK1後期型をヨタヨタと走らせていたから殊更だったのかもしれない。

Img_4547_1最初に運転したPlus8と同型 このカタログも1980年その当時使っていたもの。広告作成等の資料にしていたもので書込みなどがある。 5スピードで大分完成してきたタイプ 只、このGT14インチホイールはいただけない   

                                                                 そんな或る日、別の8で第3京浜を調子にのって150-60km超えで横浜に向かって突っ走っていた。 そんなんだから、車線を変えながら相当なスピードで近づいてきたパトカー(覆面じゃない・サイレンなし)にまるで気づかなかった。                        いきなり マイクで < お前ッ!!なんていう走り方をしてるんだアッー!!! > と怒鳴られた。 ( ウヒャー!気がつかなかった。 80オーバーかよ えらいこっちゃ~免停ですむのかァ 安給料飛んだナ ) と 瞬間いろいろ かすめてから 諦めて路肩に車線を移していると、有ろう事かパトカーはこちらを睨みながら、そのまま行ってしまった。 ハハッ?! なんだか知らないケド かまってられなかったんだネェ ベリーラッキーな一幕でした。                                         リフトアップをして足回りを眺めると、そんな高速出して大丈夫なのかァーこれで・・・ と思えてくるのですが、意外やその安定性はしっっかりしたもので上記のスピードくらい なんということありません。 100km/2000rpm をチャ~ント活かせています。 この古風なー見頼りなさげな足回りがモーガン社を一世紀超えさせた要因のーツなのです。 1960年代後半 Plus4 のエンジンとして買っていたトライアンフTRシリーズのエンジンが直6気筒に発展したため、前後4気筒の長さの次エンジンを模索して、行き着いたのが ローバーV8 3500 なのです。これが30年を超える大ロングセラー 大陸エクスプレス Plus8 の誕生になるのです。                                                                          V8なんてモーガンらしくないと保守派はピーターモーガンに猛烈な抗議をしたくらいの反対があったのですが、これが実に後の高速時代に沿うのです。 ローバー社も国民車ランドローバーにこのV8を使い続け連綿と生産を続けた結果Plus8も35年というモーガンシリーズの中にあっても異例の長寿を誇る結果となった訳であります。          このエンジン選びの巧さ 先見力があるのか勘がいいというか、これも100年超えの大きな大きな要因のーツです。

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        素晴しく良く描けているモーガン車の75周年 記念ポスター 500セット限定 戦前型/戦後型の2枚セット 写真はPlus8の部分を撮影  ローバー4スピード トランスミッションタイプ ( 1972-76 ) ドイツ人画家によるドイツ製   

                                                                1984年モーガン社75周年のミィーテングでPlus8の開発記録フィルムを見る機会に恵まれました。まだ、8mmの映像で、音無しのものだが( 撮影1966-7 )、          Plus4のボデー・シャシを全くそのまま使い無理ヤリ V8エンジンを詰込んだ実験車が   マルヴァーンの丘でテスト走行を繰返している。しかし、見るものがハラハラするほど真っ直ぐに走っていない そして曲がれない。 これ大げさに言っているのではなくホントの話、見ている各国のモーガンエンスージャストからも驚きの声が漏れていた。 この開発には常務として、モーリス オーエン(Morris Maurice Owen) という優秀なエンジニアの参加もありNewシャシを間に合せて1968年デビューを果たす。                                                      この最初期型 MossType Plus8は私にとってかなり魅力的だ。                          ボデーサイズだって後年のタイプに比べて、かなり小さく まとまりのある好い格好だ。オリジナルPlus8 として後年モデルに充分差をつける美しさがある。                                      典型的 英国古典ロードスターの衣をまとって V8が景気よく吼える というのも贔屓目に見れば ヘヘッと悪くナイ この時代は、うるさいアメリカ基準 その他 規制の始まりの頃でEXノートも まだ昂揚するストレートサウンドです。  しかし、最初期ゆえにいろいろと未完成な部分が多いのも事実だが、その荒っぽさこそクラシィクモーガンの真骨頂だッ と言い聞かす。( 誰にサ ?)( ウッカリ オーナーになっちゃた ご自分にネ )特にスパルタンモーガンの異名があるくらいステアリング・クラッチが重い スゴイよこの重さ   初めての人は壊れてるんじゃないかと焦るくらいの重さだ。 中途半端な気持ちで手を出したら多分持ちきれない 。                          ( レストアするPlus8は その最初期型なんだろう? )・・・て? そう思ったんですけどネ、上記のようにアレ大変ですから止めときました。ハンドルの軽いインジェクションのやつです。それにね、もう こいつと15年来のくされ縁です。でもネ ,ついでに幾つかある面白くナイところを正調古典モディファイしてクオリティを高めて楽しもうと思ってます。 部品を揃えて、いずれにしても開始は来年です。 長くなったので今回はこの辺で そのうち続きを

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2011年8月21日 (日)

好きな全般 ついでに 嫌いなものも そして モーガンClassic プラス4

Img_0076_1                    英国ヒルクライムフィールド 快調に駆けるMorgan Plus4最初期型RoadStar  FlatRad  Summer2009 ENGLAND  

昨日、中3の下の娘がリビングで何やら考え考え書き物をしてる。( 何かいてんだ? ) と声をかけるとさり気なく腕で隠しながら ( 夏休みのマア宿題のようなもの  )という。 < 好きなものを あまり考えずに、なんでもいいから 羅列 > して書いて それを順番で発表するそれだけ。 理由等は言わなくても良いが、言いたければ それは自由らしい。 ヘェー なんか面白そうかもしれない とチョット簡単に真似してみた。

オープンエアモータリング 黒澤明 三船敏郎 MG 上質な日本酒 夕暮れの町にただよう玉葱を料理している匂い コインロファー レンガ 鎌倉 2CVとそのシリーズ ロンドン ビアンキ 丘 アイリシュセター 古い落着いた居酒屋      アイルランド 複葉機 ブルックスのサドル 横浜 薪ストーブ 本田宗ー郎 早春 初夏 盛夏 初秋 大晦日 新春 大相撲の呼出し 千秋楽これより三役 散歩 タッタソール タータンチェック コットン ブルーストライプ ブラス 夏のプールの健騒 納豆 尻軽女 古典落語 焼きサバ 金木犀 クラシィクモーガン エボナイト 鉛筆 白洲次郎 OHVサウンド ウエーバ吸気音 テムズ河 江ノ電 紅茶 麦茶 夏の昼の天茶漬け ハリスツイード ホルモン焼き屋の煮込み ブロックバンクの漫画       

 フゥッーと キリがないのでこの辺で。でも それほどスラスラとはでてこない。再認識を兼ねて頭の運動にタマには こういった遊びもいいかもしれない。

78_2_4_2 ジェントルマンズMorganの名に羞じない見事なコンディションの1967年 Plus4 DHC Plus4DHCとしては最終型 Summer2009 ENGLAND       ( 昨年の暑中見舞いのカード )         DHC=Drop Head Coupe 

好きなことを書いたら、嫌いなこともチョット書きたくなった。< 暇なのか・・・

  駐車券を口にくわえる男・女 キャンキャン五月蝿い小形犬 バカ笑いをする女性アナウンサー 蛍光灯の灯り 厚化粧のオンナ ノースリーブの中年女 図々しい女・男 ゴシップワイドショー 無能な総理 小理屈・へ理屈をいう奴     国歌を歌わないバカ教師 選挙カー 梅雨 ハードロック ゴルファー     こまっしゃくれたガキ 小利口な奴 尻軽女 料理の出来ない女 お気楽なやじり外野専門   

Img_0195_1 上2台のまさに中間モデル ラジエターグリルが長い過渡期タイプ TR2のエンジンを積む DHCジェントルマンズモーガン Summer2009 ENGLAND  この3枚でオールドPlus4のおおよそのフォルムが分かる

                  

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2011年8月16日 (火)

ウエストミンスターの風 

Img_4235_1_2 今夏の節電は本気でやらなきゃいけないと、まず昔 工場で使っていた扇風機を倉庫から埃をはらって引っ張りだしてきたのは6月中旬のことでした。                                                         これは昔々、知合いがアメリカのプライベート飛行場のガレージセールのオークションで落札した格納庫の扇風機です。オークションと言っても競う相手はいなかったのでスタート額で落札したらしいのですが。 それが縁あって20年ほど前に私のもとへやってきて、結構広かった相模座間時代に大活躍したものだ。 当初、オリジナルの渋いグレーでしたが、それじゃ詰まらないということになり、 ( それはそれで中々好いと思っていたが、派手さに欠けて確かに面白みという点では弱かった ) 本体もカバーも羽根も全てブリティシュR グリーンで塗って見た。社内や周りの評判も好く ヘヘッと悦にいってはいたが、そう 何かーツ芸が足りないネ と思ちょりました。                                                                        そんな或る日、仕事で世田谷に行った帰り あるアンティーク屋さんの前を通りかかり、なにか感じて入ってみるとアンティーク家具の他に修理用のアメリカの塗料が充実しておいてある。 ヘーッと丹念にみていると昔のモーガン+4ウエストミンスターグリーンに近い油性スプレーを見つけた。 ピンと閃いてー缶買い求めて急いで帰り、スグに1/43 +4 W.Mグリーンを横に置いて何かに吹いてみると  果たして、ドンピシャ!とはいかなかったが、かなり満足いくグリーンでした。 翌日、考えた挙句、羽根だけをこいつで塗ってみると アラアラ マアマア と奥行きが出てー段格上げされたのでした。                                                                              ( 今回の写真は6月に引っ張りだした時のもので、曇り加減に加え、色合いを別に意識して撮っていないので濃く映っていてウエストミンスターグリーン的に見えないが、この暑い中 撮り直すのもイヤです )  久しぶりに使ってみると話題性には事欠かないが、弱パワーでもプロペラ音が凄くマニアックな気分に浸れるが話が良く聞こえない。おのずと声は大きくなり、絶えず何か吹き飛ばされないか気を配っているので なにやら疲れる。 そりゃそうだよネ 格納庫で使って丁度良いものを 狭い事務所で使えばそうなる。当たり前ダ それでも、折角出したのだからと7月中はエアコンを使わずこいつで賄ってみたのです。 動力のエアコンに比べればこれでもそれなりの節電になっていると思うが、来客等は2回目からは良い顔をしないしで、8月の暑さにはお役御免をいただいている。 スグに仕舞うのも面白くないので暫く事務所にあります。          興味がありましたら見にきてください。パワーを全開にした強烈なウエストミンスターの風に吹かれプロペラ音に浸ると気分はさながら上空3000mの複葉機パイロットです。 ホント    

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             27インチのビアンキホィールが可愛く見えます。

 

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2011年8月 8日 (月)

2CV 爽快な夏のDriveway ( for sale 2CVサンシェード )

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英国2cvクラブ 2CVGB 1990年夏のビッグミィーテング その日、英国の美しき南の街 ブライトンの丘は2cvと そのシリーズカーで溢れかえった。オフィシャルに訊ねたら1000台を越えていると言っていた。

太平洋高気圧による高湿度の日本の厳しい夏 真っ盛りです。毎年のこと乍ら、この湿度には本当にウンザリします。 兎も角、暑中お見舞い申し上げます。                                                2cvオーナーも2cvに乗りたし 乗れば辛いしで、 なかには血迷ってクーラーを2cvに付けちゃたりスル方がいます。私共でも新たに買いたてオーナーからの相談は毎年 後を絶ちません。2cvに大枚はたいてクーラーを付けることが如何にバカなことか、それは全くお金を捨てることになり、それだけじゃなく その後のトラブルが増え 尚且つ、メンテナンス費用が上がってしまう などなど丁寧に説明します。   < 2cvにクーラーを付ける~?!?!!!! > クーラーの恩恵を満喫スルどころか、エンジンのヒートに喘ぐ苦しそうな音に閉切った車内で大冷汗をかくだけです。古い設計の空冷600ccエンジンです。そりゃ当然そうなります。                                                                                                                                                                          じゃ~ どうすりゃいいのサ? てッ ?  簡単ですョ  2cvは開けはなしゃ良いんです。 2cvて そういう車です。 それしかない!だけど、それだけじゃ 当然 話は前に戻り 進まない。

Img_3522_1_425そんな時は、このサンシェード( 日よけ )を取付けると実に快適爽快で、これ以上の解決策はない。 私共でもう12-3年前から作っています。 只、ここ7-8年は作っていませんでしたが、今年から、また再開しています。 昔から大変 好調です。有名オーニング会社のテント地ですから見た目がスマートでGoodQualityです。 ー枚買っていただければー生物です。 アイボリーの生地は陽光を透すので車内は明るく4隅から充分すぎる風が入ってきて感動する位です。 昔から2cvにすだれ を使う方がいます。日本伝統のものを使っての工夫は悪くはないのですが、涼しくない 率直に言わせてもらえば、かえって暑苦しい。 陽光はだんだらに入って 端に開いているスペースは無いので風は清々と入らず 室内は薄ら暗い。 この暗いというのは暑さを感じさせるのです。  ー度、このサンシェードを試してみれば納得すること請合いです。 写真は前後にパイプが入っていない旧タイプですが、現在のものは入った改良版ですので収まりが良く見た目がよりシャッキリしています。   これは夏ばかりでなく春秋にも気分良く使えます。 また、幌の内側に装着しておけます。 是非、お試しを!  

                   お問合せ lon-pari @nifty.com

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2011年8月 5日 (金)

夏のClassic ベスパ Vintage 

Img_0559_1< for sale Vespa >  2CV エンスージャストのMさんが長年ワン‐オーナーで持っていた   ClassicVespa 100 Vintage です。 走行距離 53km は実走行 保証 いたします。                                                   素っ気ないオリジナルの( ホワイト )から、Vintageの名に相応しい( オフ‐ホワイト )に上質なオールペイントで仕上げました。ですから雰囲気そしてコンディションは格別です。                                            ミラーのステーもメッキからシルバーに塗装スルなどの細かく壷を得た仕上げは夏の陽ざしにー層映えます。走行距離を含めて今となってはそう無いー品です。 ベスパ専門店で納車整備をしての お渡しです。  と スッカリ販売広告スペースになってしまいました。ハハッ たまにはネ                                                           問合せはemail lon-pari@nifty.com   

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